以前に、遺品整理を急かしてはいけないという記事を執筆しました。
自死遺族本人、または家族は間違った判断をしないために、また辛い状態なのに急かされて遺品整理に向かうことで精神状態を悪化させないために書いた記事です。
ただ、家族の自死からある程度時間が経過して「そろそろ遺品を整理したい」「立ち向かいたい」という気持ちが出てきた場合、何に気を付けて行えばよいのでしょうか。
今回は、自死遺族が遺品整理に立ち向かうに当たって、気を付けるべきポイントについてお伝えします。
1.1人でやらない
まず、自死遺族の方は1人で遺品整理をしようと思わないことです。別な家族、または友人などにお願いして同席、または手伝ってもらうべきです。
一人で遺品整理をしようとすると、目の前にある遺品、つまり思い出が詰まった品々に心が持って行かれそうになります。良かった思い出、辛かった記憶が噴出し、感情の収集がつかなくなります。
もし遺品整理をするのが1人でなく、もう1人誰かがいれば、普段の会話をしながら、または遺品にまつわる思い出を聞いてもらいながら遺品整理に向かうことができます。辛い思い出を想起したとしても、「この遺品にはこういう辛い思い出があって、目にするのもしんどい」と話しながら遺品整理をすることで、心の中に全てをため込んでおかずに済みます。
「今更、遺品に関しての思いを口に出したところで何の意味があるのか」と思う方もいるかもしれませんが、口に出して思いを吐き出すというだけでも、十分に意味があります。そして、誰か聞いてくれる相手がいてくれないと思いを吐き出すのは難しいことなのです。
2.そこまで辛くない遺品から取り掛かる
遺品の中にも「向き合うのが大変に辛い品々」もあれば、「相対的に考えるとそこまで辛くない品々」もあります。自死遺族が最初に取り掛かるべきは、「そこまで辛くない品々」です。
遺品整理のはじめに、向き合うものが大変辛い品々に取り掛かってしまうことは、「心が受け入れられる状態になっていないのに、無理をすること」です。感情的に無理をした場合、その無理は長続きしないのです。遺品に向き合う辛さで、精神的・身体的にしんどくなって寝込んでしまうこともあります。そして、「遺品整理に取り掛かったが進められなかった」という挫折感、失敗体験だけが残ってしまう人もいます。
そうではなく、まずは「相対的に見てそこまで辛くない品々」、負荷が小さいものに取り掛かることで、小さな成功体験、「わずかながらとはいえ、遺品整理ができた」を積み上げていく必要があります。成功体験を積み重ねていくことで、より辛い思い出が含まれている品々に向かうことができます。
「辛い品々」は後回しにして、「そこまで辛くない品々」から取り掛かりましょう。
3.辛くなったら中断して、「そのうち」再開する
遺品整理は長期戦です。1日や数日で一気に片付けるべきものではありません。
よって、「辛くなったら中断する」「そして、『そのうち』再開する」と決めましょう。
遺品整理を始めたときには「大丈夫」と思えても、整理していくうちに辛くなることは一般的です。この状態で無理に遺品整理を続けることは、傷口が開いたままスポーツを続けるようなもので、心身の不調を招きかねません。
「辛い、しんどい、これ以上はやりたくない」と思ったら、中断する勇気を持ちましょう。同席してくれている方に対して「せっかく時間を割いて同席してくれたのに、進められず申し訳ない」という気持ちになるかもしれませんが、家族や友人への後ろめたさから無理に遺品整理を続けても良い結果となりません。
再開する日を決めずに『そのうち』とすることも大切です。「いつから再開する」と決めてしまうと、そこに縛られてしまいます。そして、決めた日に再開できなかった場合、失敗体験が積みあがってしまいます。
4.遺品整理に時間をかけても悪くないと信じる
せっかく遺品整理を始める気になったのだから、一気にやらねば、と思う方は少なくありません。
特に、何年も遺品に近づけなかった方に顕著かもしれません。
しかし、遺品整理は「亡くなってから数年経ってから手を付け始めて、手を付け始めてから終わるまでにさらに何年もかかる」場合もあります。しかし、時間をかけることは悪いことではありません。
自分の心身の状態を見ながら「できそうな片付け」を少しずつ取り掛かればよいのです。他の人が短時間で終わらせているから、など比較する必要はありません。「早く遺品整理を終わらせること」がよいことではなく、「個々人が無理のないペースで終わらせること」がよい遺品整理です。
5.無理に捨てない
客観的に見れば、取っておいたところで使い道もない遺品はたくさんあります。いや、遺品の大半はそうしたものかもしれません。
だからといって、「心に無理をして多くのものを捨てる」必要はありません。スペース的に余裕があれば、「今のところはそのまましておいて、また後で取り掛かる時に考える」というように、判断を先送りにしてもよいのです。
無理に捨ててしまったものほど、後になって「あの時に捨てなければよかった」と後悔し、判断を悔やんでしまうことが多いのです。客観的に見れば、重要には見えない品々であってもです。
よって、心から納得するまでは無理に捨てない、「捨てない勇気」「先送りにする勇気」も必要です。
同席する家族・友人は「客観的な意見」を言わない
勇気を振り絞って遺品整理に取り掛かる自死遺族に同席する人は、何を心がければよいでしょうか。
大切なのは「客観的な意見」を言わないことです。
例えば。「どうみてもガラクタで、かさばって、再び利用できるものでもない遺品」があったとします。「客観的」に見れば、「場所を取るし、もう使うこともないので、優先的に処分すべき品」に見えたとしても、思ったままの客観的な感想・意見をすべきではありません。
遺品の一つ一つには、自死された方と自死遺族の思い出が詰まっています。それが良い思い出であれ、辛い思い出であれ、です。そして、どの品にどのような思い出が含まれているのかは、他人からは決して見えてきません。
よって、「客観的にはこう見えるから、こうしたほうがよい」といった意見をしないことが大切です。もし意見すれば、その意見が圧力となってしまいます。その圧力が故に、自死遺族は無理な判断をしてしまいがちです。
同席者がすべきなのは、自死遺族が一つ一つの遺品に向かい、あふれ出る思い出を口にしたときに、それに耳を傾け、辛さに共感することです。